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最高裁判所第三小法廷 昭和24年(れ)2552号 判決

本籍並びに住居

群馬県北甘樂郡一ノ宮町大字一ノ宮一四一六番地

医師

武井竹雄

明治三四年八月二七日生

右の者に対する麻薬取締法違反被告事件について昭和二四年八月九日東京高等裁判所の言渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので当裁判所は刑事訴訟法施行法第二条に則り次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人小野清一郎、同原博義同上田四郎および被告人の各上告趣意は、末尾に添えた書面記載のとおりである。

弁護人小野清一郎、同原博義の上告趣意第一点について

所論省令第一条は、「塩酸ヂアセチルモルヒネ及ビ其ノ一切ノ製剤ハ之ヲ所有、使用、破棄、販売、購入、贈与、受贈、分配又ハ輸送スルコトヲ得ズ」と規定しているのであるから、同条は右薬品およびその一切の製剤の所有や使用ばかりでなく、すべての処分行為をも禁止している趣旨であること明らかである。されば、その処分行為は有償であると無償であると、営利の目的があると否と、不特定人に対するものであると否と、多数人に対するものであると否とを問わず、禁止するものと解すべきである。それゆえ、被告人の所為がたとえ所論のように営利の目的がなく、また特定の友人を相手とするものであつたとしても、判示所為は、まさに同省令第一条所定の「販売」に該当するものであることは明らかであり、原判示事実もまたその趣旨であること疑いない。よつて、被告人の判示所為に対して同条を適用して処断した原判決には、所論のような違法はない。所論は、法令に使用されている「販売」の意義を一律に定めた上その意義を本省令の場合にも適用しようとするものであるが、かかる語の意義は、この語を用いた法令の目的乃至精神によつて夫々異るものであつて、これを一律に解すべきものではないから、採用することができない。

同第二点および被告人の上告趣意について

違法の認識が犯意成立の要件でないことについては、従来一般に大審院の判決としたところであつたが、新憲法施行後においても当裁判所は、有毒飲食物等取締令違反被告事件につき、犯罪の構成に必要な事実の認識に欠くるところがなければ、その事実が法律上禁ぜられていることを知らなかつたとしても、犯意の成立を妨げるものでない旨説示して従前の判例を維持したのである(昭和二三年(れ)第二〇二号同年七月一四日大法廷判決)。そして、その後当裁判所は、右判例の趣旨に従つて判決をしているのであつて(昭和二四年(れ)第三一六五号同二五年四月一八日第三小法廷判決、昭和二四年新(れ)第一五〇号同二五年六月六日第三小法廷判決、昭和二四年(れ)第二二七六号同二五年一一月二八日第三小法廷判決、昭和二五年(れ)第一三三九号同年一二月二六日第三小法廷判決)、今にわかに右判例を変更しなければならない理由を見出すことはできない。以上のように、違法の認識は犯意成立の要件ではないのであるから、刑罰法令が公布施行されたにかゝわらず被告人においてその法令を知らなかつたとしても、犯罪の成立を妨げるものではない。されば、被告人が昭和二〇年一一月二〇日厚生省令第四四号「塩酸ヂアセチルモルヒネ及其ノ製剤ノ所有等ノ禁止及没収ニ関スル件」が公布され、同日以降施行されていたことについてたまたま医師会の会員でなかつたためこれを知らなかつたとしても、かかる法令の不知は、未だ犯意の成立を妨げるものではないから、被告人の判示所為に対して右省令を適用して処断した原判決は正当であつて、論旨は理由がない。

同第三点について

論旨中、本件は過失犯を以て論ずべき事件であり、過失犯とすれば罰金刑を以て処断するのが適当であるとの主張は、既に原審が故意犯として適法に犯罪事実を認定している以上、原判示に副わない主張であり、また右主張が原審の事実認定に対する非難であるとすれば、上告の適法な理由とならない。さらに、論旨は「原判決は刑法第一〇条に規定する刑罰の軽重と犯罪との段階性を無視したものであるという意味において法令の違反である」といつているが、法定刑中選択刑の定めある場合にいづれを選択するかは、事実審たる裁判所が犯情によつて定めるところであり、この点について原審の量刑に違法があるとは認められない。なお、憲法第三六条に違反するとの主張の理由ないことについては、弁護人上田四郎の上告趣意第四点および第五点に対する後記の説明において明らかにするとおりである。論旨はいづれも理由がない。その他の論旨は原判決の量刑不当を非難するに帰するので上告の適法な理由ではないから採用することができない。

弁護人上田四郎の上告趣意第一点について

論旨は、原審の公判調書中証人浅香眞助の供述記載が、同証人の供述したとおりに記載されていないと非難するのであるが、このような主張は、原審の手続にいかなる違法があり、それが原判決にいかに影響するかの主張を欠くので、未だ上告の適法な理由とはならないから採用することができない。

同第二点について

論旨は、原審が犯情を十分に調べずに被告人に刑の量定をした違法があるというのであるが、量刑不当の主張は、上告の適法な理由とはならないし、また所論審理不尽の主張は、畢竟原審の自由裁量に委ねられている証拠調の限度を非難するに帰し、その理由がない。

同第三点について

有罪判決をするには、罪となるべき事実および証拠によりこれを認めた理由を説明し、法令の適用を示せば足りるのである。そして被告人が当該禁止規定のあることを知りながら犯行をしたか否かは、罪となるべき事実に属しないから、特にこれを判示する必要はない。されば、原判決が右事実を判示しなかつたからといつて、所論のような理由不備の違法はない。また、第二審判決が第一審判決と同様な犯罪事実を認定していながら、刑の量定において異るところがあつたとしても、その相違のよつて来た理由までをも判決に示す必要はなく、新憲法下における旧刑訴法の解釈としてもかかることは要求されていないから、論旨は理由がない。

同第四点および第五点について

論旨中、原審の量刑不当の主張は、上告の適法な理由とはならないから、採用することはできない。なお、憲法第三六条にいわゆる「残虐な刑罰」とは、人道上残酷と認められる刑罰という意味であつて、事実審の裁判官が普通の刑を法令において許された範囲内で量定した場合においては、それが被告人の側から観て「過酷」と思われるものであつても、憲法にいわゆる「残虐な刑」にあたらないことは、すでに当裁判所の判例(昭和二二年(れ)第三二三号同二三年六月二三日大法廷判決、昭和二三年(れ)第三四八号同年九月二二日大法廷判決)の示すとおりである。論旨は理由がない。

よつて、本件上告を理由ないものと認め、旧刑訴法第四四六条に従い、主文のとおり判決する。

以上は、当小法廷裁判官全員の一致した意見である。

検察官 田中巳代治関与

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官穂積重遠は差支無ため署名捺印することができない。 裁判長裁判官 長谷川太一郎)

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